大根地神社(おおねちじんじゃ)
大根地神社は大根地山の山頂近くにある神社で、神功皇后が羽白熊鷲を征伐する際に登山し、天神七代、地神五代の神々を祭って勝利を祈ったのが始まりと言われています。また、霊山として英彦山や宝満山の山伏立ちの回峰修験道場でもありました。毎年4月第1土日に内野関屋の老松神社で行われる神幸祭は、大根地神社の 神霊が下りてこられるもので、御鎮座記念の祭りであるといわれています。
大根地神社の由緒

大根地神社は、天神七代、地神五代の大神をお祭りしています。社伝によれば「人皇第十四代仲哀天皇の九年三月八日神功皇后羽白熊襲御征伐のとき、大根地山に登り天神七代、地神五代を、大根地大神として祭り、親から神楽を奏し勝ち軍を祈り宿陣す、その霊験著しく容易に熊襲の諸賊を誅滅す」と伝えられ、いとも御由緒の顕著なる神社であります。
その後、建久三年に須佐之男命、大市姫命の二柱の神を合祀し、雲閣稲荷大神と称え奉る。

古老の口碑によりますと「建久三年富士山に在ること、壱千有余才の神通自在の白狐が源頼朝公富士山に御猟の評定がありしときに、この山を発し筑紫の内野の根地岳に移り給う」と伝えられ、根地雲鶴大明神と称え、その後、九州の稲荷の別当の官を崇め奉る。

宝永二年三月筑前の国主黒田綱正公が当山に御猟のとき、不測の御霊験を感じ同年九月石鳥居一門を御寄進されました。(俗に無銘の鳥居いう、現在の冷水峠の参道入口にあります)その後当神社のお札(ふだ)を嘉麻、穂波両郡(現在の飯塚、山田両市及嘉穂郡)にあまねく頌布することを許されました。

明治二十二年一月十七日京都の伏見稲荷大社の御分霊を勧請し此を別当稲荷大明神と称えられる。この三社を総称して大根地神社、大根地三柱大神と申し上げていますが崇敬者の間には大根地さま、お稲荷さま、大根地稲荷さま、大根地大明神さまと崇められ、五穀豊穣、商売繁昌、海上安全、招福除災、交通安全、人生儀礼、諸祈願達成のため厚い信仰を、あつめています。

大祭は、二月初午
    四月七日、八日、九日の三日間の神幸春季大祭
    七月土用のうまの日の夏祭
    九月二十五日の秋祭が行はれます。
中祭は、一月一日と天皇誕生日に行はれます。
毎月一日と十五日には月次祭が行はれます。

  昭和五十一年六月吉日
   宮司  吉田永美
   奉納者 善木フサノ

大根地神社
住所飯塚市内野
2507-3
TEL0948-72-0171

  
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