飯塚山 太養院(たいよういん)
明正寺の隣にあり曹洞宗の寺院です。行基の開山と伝えられ、かつて「飯ノ山」と称する丘にありました。器運山香積寺(きうんざんこうじゃくじ)と号していましたが、慶長5年(1600)黒田長政公の命により今の号に改めました。飯塚御茶屋は明正寺内にありましたが、寛永17年(1640)黒田忠之公が「飯ノ山」の太養院を現在地に移転し、その跡に御茶屋(宿場本陣)を設けました。現在は飯塚公民館です。
本尊は聖観音菩薩坐像で、菩薩の背部に「天平2年(730)庚午の年 行基作」とあるそうです。秘仏で御開帳等なし。その他に木彫の十二尊天像、十一面観音像があります。
慶長2年(1597)慶長の役(豊臣秀吉2度目の朝鮮出兵)の際、黒田長政は中津からの道中、太養院に宿泊しました。また、関ヶ原の戦い後、慶長5年(1600)10月に長政は筑前国の領主となり、12月初旬に父の黒田如水と共に豊前国中津城から筑前国名島城に入る道中、再び太養院に宿泊し寺号を「器運山香積寺」から「飯塚山太養院」と改めました。寛永17年(1640)に第2代藩主・黒田忠之が「飯ノ山」の太養院を現在地に移転し、その跡に御茶屋(宿場本陣)を設けました。

住所飯塚市本町
19-15
TEL0948-22-3094

  
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