牟田炭鉱巻き上げ機台座
飯塚市の潤野地区、社会保険鎮西病院跡地奥の隣接地に、炭鉱の遺構と思われる構造物が残っています。裏の道路から見ると草木に覆われていて気づきにくいのですが、炭鉱名については、牟田炭鉱ではないかと推測されています。 
遺構は、草木に隠れて分かりにくいのですが、両端に開口部があり、内部は細長い空洞になっています。外観から判断すると巻上機台座ではないかと思われます。ほとんどがレンガ造りですが、反対側の側面および上部にはコンクリート造の部分もあり、レンガとコンクリートが混在しています。
他の炭鉱の巻上機台座は脚部・上部とも一体的構造の場合が多いのですが、この遺構の近くには貯水槽らしきものがあります。 推測ですが、この遺構は、巻上機台座から貯水槽等へ用途変更した際、もともとレンガ造りだった部分を撤去し、改めてコンクリートを使用した可能性が考えられます。
レンガ製という事で炭鉱開坑の時代的には合致するので、この遺構が牟田炭鉱であると思われます。牟田炭鉱であれば、伊藤伝右衛門が成功するきっかけになった炭鉱といわれています。古いレンガの遺構ですが、『伊藤伝右衛門が開発した牟田炭鉱』と思いながら見ると懐古的な炭鉱のロマンを感じます。
牟田炭鉱
住所飯塚市潤野
933-33

  
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