日鉄二瀬中央坑正門跡
日鉄二瀬鉱業所本部中央坑跡には、門柱と操業当時の石版写真があり、向かいはイオン穂波店が建っています。当時の鉱業所跡地のほとんどは穂波パークシティ(桜ヶ丘遊園)という公園になっており、潤野本鉱跡は嘉穂高校、潤野小正鉱跡は若菜小学校になっています。
日清戦争後、明治政府は「鉄は国運進展の基」として鉄の増産政策を進め、明治30年福岡県遠賀郡八幡村(現在の八幡東区・八幡西区)に「官営八幡製鉄所」を設立させ、明治32年12月に製鉄用の原料炭の生産拠点として「官営八幡製鉄所二瀬出張所」が発足しました。その後、昭和15年に「日鉄鉱業株式会社」が設立され最盛期には7000人以上の従業員が働いていました。
太平洋戦争、朝鮮戦争により生産が上向いた時期もありましたが、戦時中の乱掘がたたって生産力が除々に衰え、また、石炭から石油へのエネルギー革命のため、昭和38年1月15日、64年間の歴史に幕を閉じました。
現在、日鉄二瀬鉱業所本部中央坑跡には、門柱と操業当時の石版写真があり、向かいにはイオン穂波店が建っています。当時の鉱業所跡地のほとんどは穂波パークシティ(桜ヶ丘遊園)という公園になっており、跡地の近くには施設内に設置した練習用坑道跡があります。潤野本坑跡は嘉穂高校、潤野小正坑跡は若菜小学校、高雄二坑のボタ山跡は九州工業大学情報工学部のキャンパスになっています。

住所飯塚市枝国
666

  
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