石灰製造窯跡
石灰製造窯跡です。大正7年(1918年)に高倉・入水・関の山に造られた。この時期は生産・販売も順調で、佐賀、長崎、大分と販路があった。昭和17年(1941年)戦争が激しくなり、肥料不足から大量に生産された。昭和20年(1945年)終戦から3年後、化学肥料が出回るようになり、昭和23年(1948年)に生産中止となる。(庄内町誌より)
住所飯塚市綱分
関の山

  
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