小鳥塚(ことりづか)
麻生上三緒炭坑跡に、炭坑で亡くなった小鳥の慰霊碑があります。ガス予知のため坑内に持ち込まれ、災害を未然に防止しながら、可憐な生命を絶っていった小鳥たちの功績を讃えるとともにその霊を慰め、供養するために建てられました。
小鳥塚には、トロッコを背景に2羽の小鳥が描かれています。
現在はありませんが、その右横には麻生鉱業の雁石坑坑口跡が残っていました。(上写真右側:筑豊の近代化遺産P139より)
【駐 車 場】なし
【アクセス】トライアル上三緒店近く、雁石(がんじゃく)池の側

炭鉱災害で最もこわいのが炭塵ガス爆発事故である。その一酸化炭素ガス予知のため、多くの小鳥たちが坑内に持ち込まれ、 災害を未然に防止し、そして可憐な命を絶っていった。
 明治初年以来、大正から昭和10年ころまでは、機械によるガス探知機は開発されていなかった。ガスや炭塵に非常に敏感な 習性を持つ小鳥たちは、坑内にガスが満ち溢れると目に見えて弱り、止まり木につかまる力を失って止まり木から落ちるように なる。それを見ていち早くガスの危険性を察知し炭塵ガス爆発を防止してきた。
 ちなみに、小鳥が1時間で苦しみはじめると、人間の場合労働すれば1時間で倒れ、小鳥が30秒で止まり木から落ちると、人間 は30分で死亡すると言われている。

昭和56年5月10日、筑豊炭鉱遺跡研究会によって建立された現在の小鳥塚は、当初は、ボタ石を 積み上げた上に、さらに1メートルあまりのボタ石を建てて、目白塚と呼び、ヤマの人たちが清掃したりお花をたむけたりして 供養していた。それを新しい小鳥塚に立て替えようという声があがり、筑豊炭鉱遺跡研究会が資金カンパ活動を展開して、その 浄財によって、坑内で犠牲となった小鳥たちの慰霊碑が造られたのである。
 小鳥塚の周りには、今も昔のボタ石がいくつか残っている。
 (穂波町教育委員会発行「穂波町ものがたり・炭鉱編」参照)

住所飯塚市上三緒
125-139
TEL0948-25-2930

  
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